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音楽のフランケンシュタインは行け

K - POPの世界進出の明暗...韓国の大衆文化の影響力は大きくなったが、設計図に基づいて作られた"企画商品"スターたちという悲劇

"K - POP"(K - POP)の定義が何か?の意味を文字どおりに取れば、"韓国の大衆歌謡"という意味であるはずだが、この場合、K - POPの歴史は遠く植民地時代にまで遡るのだ。ウィキペディアを探してみると、"K - POP"を、"韓国から来たポップ、ダンス、エレクトロポップ、ヒップホップ、ロック、リズ&ブルース(R&B)などで構成される音楽のジャンル"と規定している。しかし、本来K - POPの歴史に関する記述は、1990年代から始まる。今日のような意味のK - POPは、1990年代に形成されたという意味であるのだ。

韓国大衆音楽の飛躍的な成長

大衆音楽の好みは、あらまし10〜20代に形成される模様だ。私のその時期は、フォークの時代。その時、ギターはMTを行くときに欠かせない必需品だった。大学街で触れた、いわゆる"民衆歌謡"も、音楽的にはフォークで大きく外れたものではなかった。確かに1990年代に入って音楽ががらりと変わることはしたようだ。ソテジの音楽の新鮮さをまだ忘れることができない。その後、留学を行ったせいで以後の韓国大衆音楽は私の頭の中に入っていない。

1990年代以降、韓国の大衆音楽は非常に多様化した。音楽的レベルも高くなり、今ではカラオケで歌詞を見て歌うことさえ大変なくらい。そうするうちに、2000年以降、新たな風景が広がり始めていた。韓国の大衆歌謡は、国際的な現象になり始めたのである。この波が日本と中国、東南アジアを経て、南アメリカまで伸びていくと、最近では完全にアメリカやヨーロッパにまで上陸したかたちだ。"K - POP"という名称は、おそらく、この国際化の結果として生じたものだろう。

以前、「ノバディ」という曲が暫らくの間流行っていた。良い曲も何度も聞くと飽きてくるもの。韓国でその曲の熱風がおさまるころ、フィリピンに行ったら、なんと、そこでは、ようやく流行り始めたようで、いたる所々その曲が流れる。タクシが信号待ちすれば、どこかから子供たちが現れて、手拍子をとりながら動作とともにその曲を歌う。「ノバディ、ノバディ ウォンチュ、チャッチャ ックン ッチャク」実際、韓国人観光客の財布のひもを緩めるにはその方法が最高であろう。

1990年代以降、映画、ドラマ、歌謡など韓国の大衆文化は、文字通り飛躍的な成長をしている。少なくとも東南アジアでは韓国の大衆文化は、すでにそちらの人々の生活の一部にもなったという感じを受ける。私が会ったフィリピンの若者たちは、少なくとも私よりは、韓国ドラマをたくさん見て、韓国歌謡をもっと知っていた。韓国の大衆文化が、そこの人たちの見識を高め、そこに大衆文化のレベルも一緒に上げる傾向があると聞いた。

しかし、やはり興味を起こさせるのは、K - POPが日本やヨーロッパ、何よりも、ポップの本場であるアメリカに進出するのか否かであろう。ちゃんと根ざしたものではないが、すでに部分的に成功した例がいくつか存在している。例えば、ワンダーガールスは、2009年にビルボードホットシングルチャート100に上がり、2011年のビッグバンは、米国のiTunesのアルバムチャートトップ10に上がった。一方、Rainは2005年に続き2011年も"TIME"が選ぶ"世界で最も影響力ある人物"の2番目に選ばれた。

一方、2011年にはK - POPがついにヨーロッパに上陸したというニュースが大々的に報道されたりした。シャイニー、少女時代、スーパージュニアなどSMエンターテイメント所属のアイドルグループが出演したこの公演は、発売15分で切符が品切れ、まだ切符を求めることができなかった人々がフランスのパリのルーヴル美術館の前でデモを行ったおかげで、公演が一日延長されることもした。韓流スターたちが入国した日、シャルルドゴール空港には1千人のK - POPファンが詰めかけ、熱狂的に歓声を上げまくった。

膨らませた地位、隠された奴隷契約

アジアではK - POPは、すでに主流となっが、マスコミの騒ぎにもかかわらず、ヨーロッパでのK - POPの影響力はまだ微々たる方だ。ヨーロッパのファンの多くは、"マンガ"をはじめとする日本の大衆文化を先に接した後、韓国の大衆文化に移ってきた人々だという。日本のようにヨーロッパの社会もやはり好みが非常に細分化されており、既に様々な国の音楽が入っている。そこでK - POPはただ特定のマニアのグループが楽しむ音楽程度の地位を大きく超えることはできない。

フランスパリ公演と関連して"ルモンド"が"韓国ポップスの波が欧州に押し寄せる"というタイトルの記事を載せた。
焦点は、主にK - POPの企業的​​性格に対応していた。K - POPのアイドルたちが莫大な費用をかけて緻密な計画によって長年にわたって養成されるが、その寿命はせいぜい数年程度と短い内容だ。"韓国の当局にK - POPは、隣国の日本と中国の間に挟まれて、自動車や電化製品、そして今は、文化製品の輸出に依存する国をさらによく知らせる手段である。"

イギリスでは、"韓国大衆音楽の暗黒面"に光を当てた。
K - POPスターたちは"奴隷契約"に縛られて法外に低い報酬を受ける。企画社側の費用を除くと、残るのがないと言う。アルバム市場は停滞され、海賊サイトとの競争にダウンロードの価格を法外に低く策定してみると歌手たちと分ける利益というものは無い。

だから、海外に進出するために首をくくる他ないということだ。記事によると、K - POPの資金源は、国内ではなく、実は日本にあるという。

ミュージシャンは、"生まれる"ものと信じてきた私に、"作られる"ミュージシャンという概念は非常に衝撃的に感じられる。音楽のフランケンシュタインを見る感じというか?音楽市場や大衆の好みに合わせて歌、振り付け、衣装はもちろん、ルックス(整形手術)まで完全に計算された設計図に基づいて製作されたミュージシャンたちならば、いっそ その企画会社のアバターというべきではないだろうか?私が考えているミュージシャンの概念がまだ手工業であれば、K - POPはすでに工場の生産の段階に入ったとみられる。

そういう意味では東方神起から脱退したJYJの活動は示唆するところが大きい。
イ・ドンヨン教授はこれを指して
"自分たちの活動を自分たち自ら決定できる自由意志の回復"と呼ぶ。


"東方神起時代、SMの一方的なスケジュールで活動しなければならなかったのとは異なり、彼らは自分の活動にすべての権限を持っている。すでに自ら音楽を作ってプロデュースしているので、彼らは自分たちがアーティストと呼ばれるのを願う。"

東方神起の契約期間が何と13年。これは十分に、市場の"奴隷"と違わないのではないか?

重要なことは、それにもかかわらず、彼らがアバターではなく、ミュージシャンとして、企画商品ではなく、アーティストとして素晴らしく生き残ったという点だ。
そこで決定的な役割であるのはファン層だった。複雑に絡まった市場の現実を見れば解決策がまったく見えないものの、JYJのファンたちは、収容者の積極的な態度だけでも、この苦しい状況をある程度変化させることができることを見せてくれた。


JYJが見せてくれた変化に期待をかける

音楽の産業化は、おそらく避けられない現象かもしれない。今日、K - POPが質的にも量的にも成長し国際的な現象になったのも実はこの音楽の徹底的な資本主義化に負うところが大きいだろう。
また、幼い時期から、ほぼ"児童虐待"に近いほど過酷な訓練を経たことがK - POPスターが持つ音楽的技量の土台になったのだろう。
しかし、いくら技量が優れ、いくら大衆の好みに一致しても
"魂"が欠けている音楽には限界があるのではないだろうか?


ミュージシャンは音楽の生産者(Producer)であっても製品(Product)ではない。
K - POPの未来はJYJが見せてくれたこの変化、この移行の可能性にかかっているかもしれない。

チン・ジュングォン文化評論家

翻訳機使用
http://h21.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/31193.html

★SMのイ・スマン氏、キム・ヨンミン氏は常々所属芸能人を「商品」と呼んでいます。
この筆者がそれを知っているかどうかは分かりませんが、よく見抜いておられると思います。
記事文にも書かれてあるように、JYJにとってはファンとの「信頼と絆」は何より大切だと思います。
日本のマスコミも、いつかこの様に本質を理解してJYJを正しく書いてくれる時がくると信じて応援していきましょう。

文中に出てくるイ・ドンヨン教授の翻訳記事はこちら
'奴隷'を拒否したKPOPの亡命者JYJ、彼らの運命は…KPOPの驚異的なペンドム
http://xoxojyj.blog.fc2.com/blog-entry-231.html
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Comment
ファンとして感謝
今晩、何か 嬉しいやら恥ずかしいやらのコメントに 感謝 
ファンは ただ彼等の心意気に惚れ 彼等の歌に惚れただけ だから、応援し続ける 愛し信じ続ける それだけなのに JYJの姿勢と共に私達ファンまで誉められているのが嬉しい。
この方のような方々が 日本のマスコミにも 復活して欲しいですね。JYJは友と共に己自身を信じ戦った昔の日本男子に似ているのに 昔はそんな若者を助け応援したのに 今は何故誰もが 背を向けるのでしょうか。私もしりたい。誰か教えてもらえませんか?
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